君に、触れる


 若い頃、と言ってもほんの十年位前の事だけれど、そりゃあセックスには貪欲だった。体力にも自信があったし持て余す程に性欲もあったから、相手の快楽とか置き去りにして楽しんだ。
 吐き出すだけなら手で充分なのだけれど、あの狭くて熱い場所を使う事は本当に気持ち良くて、ただ、それだけを目的に性行為を重ねた数だって少なくない。

 成歩堂は隣で眠る青年の濡れた頬を、掌で包み込む様に触れる。
 慾を煽って散々啼かせた。綺麗な金の髪がパサリと頬を打つ様子も、唇に留めて声を噛み殺す仕草も。何度となく繰り返し見たはずなのに、こうして肌をあわせる度に欲しくなる、恋しくなる。
 出してお終い。なんて当たり前の事が酷く勿体なくて、どうしてもギリギリまで留めてしまう。
「…だって、手放したくないんだもん…。」
 ごめんね。と心の中で懺悔する。
 どうしてこんなに自分の中の欲が変わってしまったのか、疑問など浮かぶはずもない。彼が自分の前に現れたからだ。
 取り合えず僕も楽しむんだけど、まず君の感じている貌を見たいんだよ、とそう思うようになった。
 ゆっくりと身じろぐ身体、薄らと持ち上がる睫毛が数回瞬く。覚束無い視線のままで響也の唇が笑みを形どるが、はっと目を見開いた。
 シーツを引っ掴んだまま響也は背を向ける。掌から逃げていってしまった端整な顔に、成歩堂は苦笑した。
「…ずっと、寝顔見てたの?」
 うんと答えると、趣味悪い…ボソリと呟いた。余程恥ずかしいのか、ぐいぐいと引っ張られるシーツのせいで成歩堂の裸体が半分露出している。
 ああ、このままじゃ風邪引くかもなぁなどと思う。
「響也くん。なんか夢…見てた?」
 別に…と返ってくる答えに、僕の顔見て驚いてただろ?と投げかけると、ムッとした声がした。
「…アンタと一緒の夢…。目が開いても同じだったから、まだ夢見てるかと思ったんだ。」
「そう。」 
 淡い夢の中で一緒にいただろう、自分を少しだけ嫉む。夢の中に僕にはあんな貌を見せるんだねぇ。本当は、今ここで僕に見せて欲しいけれど、そこまで我儘は言わないよ。
 でもそっぽを向いたままじゃ、寂しいだろ?

 指先だけでそっと、背に触れた。ぴくと反応は返るけれどそのままだ。
「こっちを向いてくれないかな? 機嫌を損ねたのなら謝るから。」
「別に怒ってる訳じゃない。」
「うん、わかってる。」
 そうして、甘く揺れる髪に擦り寄る。
 同じシャンプーを使ったのに、香るのは別モノのようだ。勿論疑ってはいないよ、うちの安価なシャンプーを君が使ったところをずっと見ていたから。
 それでも、こんなに甘くなるんだ。今自分の髪を匂ったって、絶対こんな香りがするはずがない。それとも、僕の嗅覚が可笑しくなってるのかもしれないね。
 もぞもぞと、極まりが悪そうにしながら響也の身体が成歩堂に向き直る。
耳まで真っ赤に染まった端整な顔は、不機嫌そうに歪んでいる。
「アンタばっかり見てないで僕も起こしてよ。僕も…そのアンタを見てたい時あるんだからな。」
 まず、胸元のペンダントを引っ掴まれ、耳をぎゅっ握られて響也の口元に運ばれる。照れ隠しなのがバレバレで、耳は痛いが成歩堂の貌は歪みっぱなしだ。
「わかった!? 成歩堂さん?」
「わかった、わかった痛いよ、響也くん。」
 わかればいいんだよ。そう言いながら胸元に身体を埋めてくるから、君を確かめるようにと、成歩堂は柔らかな仕草で響也に触れる。

「…もっと君に、触れてもいいかい?」

〜fin



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